プロローグ
仕事で多忙な会社員の真。彼が休日に訪れたのは、豊かな自然に囲まれた河川敷。心の奥音に耳を澄ませる旅が始まる。忘却の記憶、人を生きる人生。
本編
1章:記憶
「これからどうしよう」
僕は河川敷に転がっている石の一つに座り、目の前を流れる川を眺めながらため息をついた。
川の水は透き通っていて美しく、魚が優雅に泳いでいる。川の脇には草木が生い茂り、虫の鳴き声も聴こえてくる。空を見上げると、雲一つない青空が広がっている。
豊かな自然を感じられる風景。
しかし、その穏やかな風景とは裏腹に、僕の心は曇り空だった。
今日は仕事の休日。自宅からこの河川敷までは、自転車を走らせてやってきた。
“これからの人生をどうするか”
この問いについて、家の中でどれだけ考えていても答えが出せず、勢いで家を飛び出してきた。携帯電話すらも家に置いてきた。他者の意見や、押し寄せる情報の波からも離れたかったからだ。目的地も考えず自転車を走らせ続けていると、やがてこの河川敷に辿り着いたのだった。
「何かがおかしい」
僕は最近の日々から、直感的に感じていた。
やるべきことに追われ過ぎているように感じる。他者の意志と意見に巻き込まれており、他者の顔色を伺っている。自分の人生ではなく、他者の人生を歩き続けている感覚。
自分が何者か分からなくなっている。個性が息を止めている気がする。
変わるタイミングかもしれない。それは自分でも思っている。
その一方で、最も問題なのが、“向かうべき人生の方向が分からない”という点だ。最初の一歩を踏み出すには、少なくとも方向が必要だと思う。けれど、肝心の向かうべき方向が本当に分からない。
僕は静かに目を閉じて、大きく深呼吸をする。
川の流れの音に耳を澄ませる。僕の周りをそよ風が流れていく。胸に手を当てて、心臓の鼓動を感じる。これまでの人生の記憶を遡る。
時間も忘れて夢中になっていたこと。お金にならなくても楽しかったこと。自分から勝手にやり始めたこと。
心の声・。
心の声・・。
心の声・・・。
「・・・あぁ、そうか」
僕は思い出した。
忘れてしまっていた、好きだったことを。